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激安超安値 自筆「源氏物語」柏木と女三の宮(前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)禁断の愛にそれぞれおののく・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-64B 和書

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メーカー 0e20ba2 発売日 2025-04-22 21:59 定価 25000円
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激安超安値 自筆「源氏物語」柏木と女三の宮(前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)禁断の愛にそれぞれおののく・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-64B 和書

自筆「源氏物語」柏木と女三の宮(前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)禁断の愛にそれぞれおののく・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-64B_画像1 自筆「源氏物語」柏木と女三の宮(前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)禁断の愛にそれぞれおののく・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-64B_画像2 自筆「源氏物語」柏木と女三の宮(前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)禁断の愛にそれぞれおののく・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-64B_不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款 閉じる

不昧公の正室・方子と娘・玉映の落款

自筆「源氏物語」柏木と女三の宮(前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)禁断の愛にそれぞれおののく・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-64B_「懸其所仕之車置諸廟」漢詩文の落款 閉じる

「懸其所仕之車置諸廟」漢詩文の落款

自筆「源氏物語」柏木と女三の宮(前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)禁断の愛にそれぞれおののく・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-64B_仙台藩医・木村寿禎の落款 閉じる

仙台藩医・木村寿禎の落款

自筆「源氏物語」柏木と女三の宮(前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)禁断の愛にそれぞれおののく・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-64B_断層画像写真 閉じる

断層画像写真

自筆「源氏物語」柏木と女三の宮(前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)禁断の愛にそれぞれおののく・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-64B_女三の宮の降嫁、復元模型 閉じる

女三の宮の降嫁、復元模型

自筆「源氏物語」柏木と女三の宮(前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)禁断の愛にそれぞれおののく・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-64B_左が冷泉天皇、右が源氏の君の模型 閉じる

左が冷泉天皇、右が源氏の君の模型

自筆「源氏物語」柏木と女三の宮(前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)禁断の愛にそれぞれおののく・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-64B_蹴鞠を楽しむ柏木と眺める女三の宮 閉じる

蹴鞠を楽しむ柏木と眺める女三の宮

自筆「源氏物語」柏木と女三の宮(前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)禁断の愛にそれぞれおののく・若菜(わかな)下の巻・ 茶道具-Ⅱ-64B_蹴鞠の拡大、右下が女三の宮、御簾の外に猫 閉じる

蹴鞠の拡大、右下が女三の宮、御簾の外に猫

令和6年から「源氏物語」の作者・紫式部をモデルにしたNHK大河ドラマ「光る君へ」が放送されております。美濃国全図 改正 (内題美濃国郡県人跡路程図説) A 岡田啓。

京都の公卿・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵

自筆「源氏物語」の「若菜(わかな)下」の巻は、禁裏(京都御所)において書かれたものです。イソップ原作 楠山正雄編 武井武雄画『イソップものがたり 幼年文庫』昭和24年 光文社刊。


自筆「源氏物語」の筆者である「大炊御門宗氏(おおいのみかどむねうじ)」は、室町時代の第103代天皇である後土御門天皇(ごつちみかどてんのう)の曽祖父です。【人形代】中眞二景肺神 肺病治御秘符[ijGG]手書き。
したがって、出品した自筆「源氏物語」は、天皇の曽祖父の貴重な自筆です。山崎美成編 掌中和漢年代記集成 全 弘化3年 山城屋新兵衛 吉田屋文三郎 東都 和本 和書 古書 中国美術 古本 本 作品集  z7341o。大炊御門宗氏の長男・信宗の娘が大炊御門信子(のぶこ)であり、信子は後花園天皇の寵愛を受け准后として御所に居住し、皇子を生み後に第103代後土御門天皇として即位し、信子は生母・皇太后となる。【極稀少書】■石村式 速記の完全独習 検定1級合格まで 石村善左 評論社 昭和46年■公費・領収書可 即日発送 送料164円-。現在の今上天皇と系譜がつながっている。戸川浜雄旧蔵書 山崎美成編 菊池容斎画『名家略伝』(全4冊揃)天保13年英屋文蔵刊 木村蒹葭堂 伊藤若冲 皆川淇園ら 江戸時代和本。

 関白・近衛基熙(このえ もとひろ)は、後水尾院(第108代後水尾天皇)の皇女・常子内親王と結婚。新撰寛永泉譜。二人の皇女・熙子(ひろこ)は、甲府藩主・徳川綱豊と結婚。神秘霊魂・口よせの術/高田俊一郎/大正7年/忍術魔法術/痛烈なる実行方法の書いてあるのは知らなかった・双龍軒先生は武芸の達人であろう。綱豊は、のち第六代将軍・徳川家宣となり、熙子(ひろこ)は将軍家宣の正室となった。滑稽百人面相競  銅版絵本。近衛基熙は、千利休の孫・千宗旦との茶会の交流(下記に掲示)で知られると同時に、第111代・後西院天皇や後水尾天皇を主賓に迎え茶会を開催。本多芳雄編『明治新刻商法往来』明治12年 荒川藤兵衛刊 明治時代和本 往来物。茶会の際、基熙が所蔵する藤原定家・自筆の「定家色紙」を持参した記録がある。☆E0361和本江戸文久元年(1861)政治外交論写本「毛利候之臣上書」1冊/長井雅楽/航海遠略策か?/長州藩士/古書古文書/手書き。基熙は、他にも朝廷・幕府の間で茶会を何度も開催した記録が残っている。伊東武彦『伊東訓点 明治新刻 四書 片伽名附』(全4冊揃=「学庸 全」+「論語 全」+「孟子」上下)明治17年刊 明治時代和本。(資料の記録は下記に掲示)

 出品した「源氏物語」は、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」の自筆です。【稀少!江戸期和本 流麗・繊細 絵入】三帖和賛繪抄 五 ※浄土真宗 検親鸞高祖仏教武将武者木版画浮世絵絵本錦絵骨董書籍龍天皇鎌倉歌舞伎。
 自筆「源氏物語」の書の特徴から高松宮系統と称されるものです。1-▼ 南部中尉名誉記念書画帖 陸軍騎兵中尉伯爵 日露戦争 明治43年5月8日 発行 1910年 木村仁太郎 岩手県 元元堂書房 当時物。「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、少なくとも応永五年から8年間にわたり書かれていることがわかる。324菊づくし!彩色着彩 肉筆精写本 ■菊画本■ 全33図 江戸明治時代 粉本下絵 草花 絵入絵本図譜図案 和本浮世絵ukiyoe古書古文書骨董古美術。このため後醍醐天皇の宸翰(しんかん・天皇自筆)にかなり近い年代に書かれていることがわかる。艶本・艶情二葉の由来、全【艶絵二十図絵入り】吾妻雄鬼子・江戸期。また、各巻ごとの書かれた年については不明。新井白石著 箕作秋坪・大槻文彦校『西洋紀聞』(全2冊揃)明治15年白石社/竹中邦香刊 明治時代和本・和装活版本。従って、応永五年とは、書き始めの年である。現地報告・15冊/昭和15年/日華條約の次に来るもの/日米危機に備える/アメリカの参戦近し/第三次近衛内閣と獨ソの死闘/東條内閣とアメリカ。また、落款から、後年、近衛基熙(1648~1722)の所蔵となり、時代が下って、松平不昧公の手にわたり、正室・方子の所蔵となったものである。古文書 書簡 板谷波山 湯山保寿宛て 封筒付き 陶芸家 人間国宝 茨城県名誉県民 文化勲章受章者 偉人 HAZAN(レターパックライト発送)。近衛家で永く保存されておりましたので、保存状態は極めて良好です。江戸期 印章大成 印譜 検索:金石篆刻 印存 書道 封泥 朱印 雅印 遊印 雅号印 石鼓文 金文 篆印 官印私印 将軍印 落款印 花押 支那 唐本漢籍。


 大炊御門家は、平安時代末期摂政関白藤原師実の子経実・治暦4年(1068)~天承元年(1131)を祖として創立された。f24011501〇支那選述 冠註天台四教儀集註 上中下三冊揃 元禄8年 芳野屋権兵衛板〇和本古書古文書。大炊御門北に邸宅があったため「大炊御門」を称する。完品 真下敬之『醒心斎詩集』(全2冊揃)昭和5年跋 漢詩集。初代、経実の子経宗は平治の乱で平清盛方の勝利に貢献。f240502019〇彩色木版画 広重 富士三十六景 相摸七里か濱 神奈川県鎌倉市 アダチ版画研究所 昭和50年〇和本古書古文書。また、二条天皇の外戚として勢威をふるい、左大臣に昇った。【古書】整体法の基礎 野口晴哉 全生社。出品した「源氏物語」の筆者・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)は、大炊御門家13代の当主で南北朝時代から室町時代前期の公卿。軍事・日満露会話/陸軍大尉権藤正一/昭和17年/軍隊の教育及び勤務に必要なる用語を収集し以て日満支露四国軍人の相互の便宜を図らんとす。応永5年(1398年)に従三位となり公卿に列する。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 古文書 書状。備前権守、参議、権中納言、権大納言などを歴任し、応永27年(1420年)に内大臣に昇任した。仙台藩伊達家・知行御割目録 宝暦八年 大町源十郎殿宛 登米郡他四郡 五十貫九百三拾七文  四奉行 重判連名。


 旧・所蔵者の近衛基煕は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を著(あらわ)しております。関東 鎭臺日誌 第一~第十一 慶應四年六月~七月 和泉屋市兵衛★Wa.03。炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに出雲松平家に伝わり、松平治郷の正室・方子が鑑賞していたものです。古文書 書簡 松本楓湖 茨城県 稲敷市 出身 日本画 歴史資料 (レターパックライト発送)。近衛基熙が所蔵する自筆・「源氏物語」の中で、最も美しく繊細な筆致で記された平安時代の文字に最も近いとされております。風流と繊細!/[建具雛型・明治9年・版権免許]/唐戸・妻戸・網代戸・二崩etc。数ある自筆「源氏物語」の中で、第一級品と称される貴重な自筆です。1905年 柔術秘傳解 起倒流 巻物 2.2m 検索⇒ 武道 武具 装身具 馬具 兵器 武器 古流 刀剣術 範士 戦陣 甲冑 弓箭 弓道 支那 武士道 殺人剣。

 出品した「源氏物語」は「若菜(わかな)下」の内容の要旨
『源氏物語』五十四帖の巻名のひとつ。片山直人著 中島仰山画『日本竹譜』(全3冊揃)明治19年 片山直人刊/丸家善七他発兌 初版(洋紙本)明治時代和本 植物学書 本草学 竹類図譜。若菜・下の巻名は朱雀院(前朱雀天皇)の五十の御賀があり、源氏の君はその賀宴を「このたび足りたまはん年、若菜など調(てう)じてや」に因む。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 書状 古文書。柏木は朱雀院(前朱雀天皇)皇女で源氏の君の正室に降嫁した女三の宮へのかなえられない恋に煩悶する。筑波征伐元治太平記 水戸天狗党 武田耕雲斎。四年の歳月が経過。加藤克巳 自筆草稿 2種4枚「山は川は生きている」「西湖湖畔に心は澄みて」真筆保証品 現代短歌 歌人。冷泉天皇は在位十八年にして東宮に譲位し今上天皇として即位した。杲宝『玉印鈔』(全5冊揃)承応元年刊 江戸時代和本 南北朝時代の真言宗書 仏教書 仏書。翌年、朱雀院(前朱雀天皇)と女三の宮との対面を企画し五十の賀宴が催されることになった。伊藤左千夫自筆書簡及葉書 寒川鼠骨宛 明治三九年一月二日 左千夫の處女作『野菊の墓』が漱石から激賞された喜びを鼠骨に傳えた一通。源氏の君は六条院の女たちによる「女楽」による演奏の宴を開いた。為永春雅著 一東斎芳綱(歌川芳綱)画『露月奇縁妹背鳥 后編』(全3巻揃・合本全1冊)江戸時代和本 彩色木版画4丁入 浮世絵 錦絵。柏木は、女三の宮の姉・女二の宮を正室に迎えたが、女三の宮への未練を断ち切れずにいる。村の少年団 佐々木邦著 昭和8年発行 初版本 古書。葵祭りの前日、柏木は源氏の君の不在時に小侍従の手引きにより女三の宮と逢瀬をした。岳飛撰『岳忠武王集 全』文久3年 和泉屋金右衛門刊 江戸時代和本 中国南宋の武将・岳飛の漢文集 漢籍唐本和刻本。夏のある日、源氏の君は女三の宮の体調不良の原因がご懐妊と知り、不審を抱いた源氏の君が柏木から女三の宮あての手紙から柏木と女三の宮の密事が発覚する。朝夷巡嶋記 馬琴 江戸時代 古書 絵本 あさいなしまめぐり 東都 レトロ コレクション 希少 昔 歴史 古文書 曲亭馬琴著。(女三の宮の子がのちの薫の君)源氏の君、41歳から47歳までを描いている。和装本 講孟剳記 全3冊 吉田松陰 松下村塾蔵版。


自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)」と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)


自筆上部の「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩の落款
漢詩は「白氏文集」の中の有名一節です。f24050706〇日用宝鑑 貴女の栞 全2冊 銅版画3枚 色彩木版画1枚 国分操子 大倉書店 明治33年〇和本古書古文書。押捺の詳細な理由は下記説明欄に記載
(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。高城與五郎編『万国小地理書』(全2巻揃・合本1冊)明治20年 翠嵐書屋蔵版 明治時代和本 銅版画挿絵入 明治中期の世界地理書。)

大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧蔵の来歴については下記「説明欄」に記載

《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
「若菜・下」の巻は英文で「New Herbs Part Two」と表記されます。名島政方(名島桃源)『晤語』(全2冊揃)文政9年序 双樹園蔵版 江戸時代和本 谷川士清に学んだ伊勢の国学者。
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という。先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 書状 古文書。これは、中国の皇帝が譲位した場合、高位の高官も職を致仕(退官)するという「白氏文集」の漢詩文に由来している。『木々高太郎詩集 渋面』昭和42年 金剛出版刊 著者直筆献呈署名入(大佛次郎宛)。「若菜・下」では在位十八年の冷泉帝が譲位し、これにつれて太政大臣が致仕する。溝口竹亭『新版改正俳諧をだまき大成』(全二巻二冊揃)安永10年版 田中庄兵衛刊 江戸時代和本 俳諧をだまき綱目 俳句 俳諧書 俳書。原文には、「かしこき帝の君も位を去りたまひぬるに、年ふかき身の冠(かふふり)を懸(か)けむ」と記されており、「白氏文集」の漢詩文からの引用である。岐阜県図 全9舗(仮題) 製作者等不明。》

「額縁入自筆原本」



(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。【金富士】値下げ中 梅原龍三朗二十年史画集 昭和22年 珍品古書。)

「自筆原本」

自筆下の二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘の幾千姫(玉映)の落款。『複製本 山陽筆 象墜記 原本:高松宮家蔵品 絹本 別冊付き 審美書院  年代不明    頼翁 真蹟 象墜帖 戦前。

自筆上部のタテ長の印は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて
諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款。桜井茂衛編『十八史略字引 全』明治9年刊 中国南宋の曾先之「十八史略」語句注釈書 明治時代和本 和装活字本 袖珍本。
反対側の印は仙台藩医・木村寿禎の落款


《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。和本 女孝経教草 全 嘉永6年(1853年)江都書肆 榮久堂。》

自筆下部の印は出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款(印譜)


自筆が「古切」とされたのは江戸時代。久留春年編『古代芸術拓本稀観』(2冊) 昭和2年 木原文進堂刊 法隆寺 興福寺 中宮寺 薬師寺の仏教美術集 伊東富太郎旧蔵書。古切に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載

(1)・自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。村井中漸『算法童子問』(五巻五冊)天明4年 天王寺屋市郎兵衛刊 江戸時代和本 和算書 算数書 数学書 浮世絵師絵入本。


《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》
《原本上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という若菜・下の原文中に引用されている漢詩の落款が押捺されている。夢窓疎石『夢窓国師語録』(全3冊揃)貝葉書院刊 江戸時代和本複製版 鎌倉時代・臨済宗の禅僧の禅語集 禅宗。》

《いは》・・・・・けなかりしほと(程)より、あつかひそめて、
み(見)はな(放)ちかたけれは、かう、つきころ(月頃)、
よろつを知らぬさまに、過くし侍るそ。仮名挿入 皇朝名臣伝 全5巻揃 明治13年 中澤寛一郎 古書和本古本 江戸期。おのつから、このほと過きは、
見直し給ひてん」なと、きこえ給ふ。遠西武器圖略 市川齋宮恭譯解。かく、けしきも知り給はぬも、
いとほしく、心くるしくおほされて、宮は、人知れす、涙くましくおほさる。古書 馬相備見手抄本 24×15。
かむの君は、まして、中々なる心地のみまさりて、起き臥し、
明かし暮らしわひ給ふ。西川祐信『祐信風俗画譜』(全3冊揃)明治30年青木嵩山堂刊 明治時代和本 江戸時代前期の浮世絵師。祭の日なとは、物見に爭ひゆく君たち、
かき連れきて、いひそゝのかせと、なやましけにもてなし、
なかめふ(臥)し給へり。【極美 入手困難 名筆】淡海女子実務学校創立者 塚本さと子歌集『月の影』(上下巻揃 和綴じ 帙入 正誤表付)東山堂 井上皐玄 筆 昭和5年。女宮をは、かしこまり・・・・《をきたるさまに》


(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。『増補錦嚢智術全書』(全5冊揃)前川文栄堂刊 江戸時代和本 江戸の庶民生活の知恵を集成した家庭百科事典・江戸のハウツー本 絵入本。



(2)・自筆の「原文の現代語訳文」は次の通りです。「報徳論/報徳学内記/報徳手引草/報徳外記(上下巻)」 5冊セット ☆富田高慶 福住正兄 斎藤高行 二宮尊徳 和本 B24y。


《「源氏物語」若菜(わかな)下の巻》

《准大上天皇として現世における極上の栄耀栄華を得た我が身を回顧する源氏の君》

《柏木と女三の宮(前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)禁断の愛にそれぞれおののく》

《(源氏の君)「対の上(紫の上)は、もうこれが最期かとも懸念されるのです。貴重 井伊直弼暗殺 桜田門外の変 その当時の記録書。
いまさら通り一ぺんの扱いと思われたくないものですから。山東京山・柳亭種彦・笠亭仙果・松亭金水訳 歌川国芳画『稗史水滸伝』(全4冊揃)大正6年国書刊行会刊 彩色木版画4枚入 中国の物語。
あの人は、幼い・・・・・時分からわたしが面倒をみてきておりまして、
この期(ご)に及んで放っておくこともできませんので、こうして何か月も万事を
うち捨てた有様で過しているのです。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵保管 小笠原 文化十一甲成 八月 書状 古文書。一段落しましたら、
わたしの気持もしぜんとお見直しいただけましょう」
などと対の上(紫の上)の看病のために宮(女三の宮・前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)の
もとにお越しになれないご事情をお申しあげになる。為誰菴由誓(豊島由誓)閲 栢隠新甫(海老原新甫)撰 米佛苣麿校『俳諧五元一覧』安政5年跋刊 江戸時代和本 俳諧書 俳書 俳句。
殿(源氏の君)は、宮(女三の宮・前朱雀天皇の皇女・源氏の君の正室)と逢瀬のことは知る由もない。三楠遺規 東沢瀉 明治16年 楠木正成 天皇 陽明学儒教朱子学 尊皇攘夷明治維新 岩国藩山口県岩国市 検) 戦前明治大正古書和書古文書写本NZ。
こうして殿(源氏の君)は、督の君(柏木)と宮(女三の宮)とのあの件については
まるでお気づきでいらっしゃらないにつけても、宮(女三の宮)はおいたわしくも
申し訳なくもお思いになって、人知れず涙のこみあげてくるお気持である。近藤圭造編『金穀貸借心得』(全6冊揃)明治7年 汎愛堂刊 明治時代和本 法律書 布告集。
 督の君(柏木)は、なおさらのこと、なまじ宮(女三の宮)との逢瀬(おうせ)を
遂げたばかりにかえって苦しみがつのって、起きても寝ても、明けても暮れても、
つらい思いに時を過しかねていらっしゃる。『官社一覧表 完』明治6年 足立氏蔵版 「官社一覧追加」共(明治8年)明治時代和本 神社 神道資料 官幣社 国幣社 太政官。
賀茂の祭の日などには、先を争って見物に出かけていく君達(きんだち)が
あとからあとからやってきて、口々に同行を勧めるけれど、いかにも気分のすぐれない様子で、
 督の君(柏木)は、物思いの身を横たえていらっしゃる。師岡廉治『東湖先生正気歌』昭和9年 平野書店刊 伊勢素封家駒田家/駒田義三郎旧蔵書(印記「果育舎」)藤田東湖の漢詩「正気歌」註解書。
督の君(柏木)の北の方(正室)の女二の宮(前朱雀天皇の女二の宮・女三の宮の姉)に
対しては、表向きは丁重にかしずいて・・・・・《いるかのようにお扱いになっていらっしゃる》

備考1・源氏の君は先天的な優秀性のゆえに帝の寵愛を受けた。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 毛利  書状 古文書 歴史的逸品。現在は、准大上天皇として現世における極上の栄耀栄華を得ている。鶻91) 干禄字書 天 地 顔元孫公原撰 顔魯公書 柳心堂 古書。

備考2:冷泉天皇は桐壺天皇と藤壺中宮の皇子としているが実際は源氏の君と藤壺の皇子。嘯古堂遺稿 信濃/須坂藩士/北村方義著。東宮(皇太子)は、今上天皇として即位し、今上天皇と明石女御の御子は、源氏の君の孫、のちに次期天皇として即位する未来が開け源氏の君の栄華が際立つ。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 小笠原大膳太夫長時 右近太夫 古文書。

現代語訳の出典・「源氏物語」小学館刊・阿部秋生・東大名誉教授(1999年没)

備考・出品した自筆は、大炊御門宗氏・自筆で近衛基熙の旧・所蔵になるものです。西洋聞見録 村田文夫 前編明治2年 後編明治4年 全8冊 世界地理 和本 古文書。
禁裏(京都御所)で書かれたものです。軍事資料★「兵事法令集 壹本 全」明治38年3月 2冊 兵役・服役補充召募・召集・雜之部 編纂 久芳宇三郎。


(2)・自筆の「英訳文」は次の通りです。直江徳太郎『春山画譜』(全3冊揃)明治15年近藤清太郎刊 明治時代和本 木版画譜 絵手本。


《New Herbs Part Two(若菜・下)》

She has been with me since she was a child and I cannot abandon her now.
I am afraid I have not had time these last months for anyone else.
It will not go on forever, and I know that you will presently understand."
She was ashamed and sorry. When she was alone she wept a great deal.
For Kashiwagi matters were worse.
The conviction grew that it would have been better not to see her.
Night and day he could only lament his impossible love.
A group of young friends, in a hurry to be off to the Kamo festival,
urged him to go with them, but he pleaded illness and spent the day by himself.
Though correct in his behavior toward the Second Princess, he was not really fond of her.


英語訳文(英文)の出典:『The Tale of Genji』
Edward George Seidensticker(エドワード・ジョージ・サイデンステッカー)コロンビア大学教授(2007年没)



(2)・自筆の「中国語訳」は次の通りです。伯爵 古田正毅書翰  銕道院總裁/原敬宛 大正元年12月11日。


《若菜・下》

再几,自会看到我的真心。TKa399◆宝庫◆古書 セット 明治 歴史資料 旧家蔵出し。”三公主看源氏全不知情,
心中越,得很他不起,只得地流泪。石川県史・2冊/石川県/昭和2年/上古より前田利家の金沢入場まで・利家の子孫歴世承け明治4年7月金沢大聖寺二藩知事の廃官に至るまで。
柏木尤其痛苦,心情一天比一天劣,没精打采地度日。長谷川伸旧蔵書 兵林館編 大竹政直画『忠勇録 全』明治28年 柴田源三郎刊 浮世絵師/陸軍参謀本部地図課の大竹政直挿絵。
茂祭那天,公子争先恐后,前往礼。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵保管  馬書 古文書。他都来柏木同行,
但柏木心不佳,一概拒,只管愁眉不展地着。☆E0101和本明治摺り国学「標註職原抄校本」6冊揃/近藤芳樹/古書古文書/木版摺り。
他自己的妻子二公主度恭敬,几乎从来不曾叙,
常常独宿在自己室中。f240502021〇彩色木版画 広重 富士三十六景 はこ根の湖すい 神奈川県箱根町 アダチ版画研究所 昭和50年〇和本古書古文書。此他正百无聊地独坐凝思,
忽一个女童拿了一枝茂祭插的葵草走来,便独吟道:
“葵草青青好,神明不簪。清斉主人『書画必携名家全書』(全7冊揃)文久2年序 河内屋茂兵衛他 明治時代和本 書家・日本画家・南画家らの落款印章・花押一覧。


中国訳文の出典:『源氏物(Yunsh wy)』
豊子愷(ほうしがい)中国最初の「源氏物語」翻訳者(文化大革命で没)


「若菜・下の巻」原本の末尾(原本番号107-B)の印は、仙台藩第五代藩主・伊達吉村の正室・伊達貞子の押印

中央の写真(右から2番目)の写真が「源氏物語」若菜・下の巻の末尾(原本番号107-B)の押印。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵保管  富家  古文書。
左下の四角の大きな印は仙台・伊達家の家紋の印(竹に雀)
家紋の上2つの印は仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)の印。井上新七『当世茶之湯独漕』(2冊=巻二+巻四)江戸時代和本 茶道 茶の湯。冬姫は内大臣・通誠の養女。(中国・宋)黄堅編『古文真宝 前後集』(全5巻2冊揃)明治3年 勝村屋治右衛門刊 江戸時代和本 中国古典 漢文集。
冬姫は通称。長野県官民肖像録 明治41年発行。正式な名は伊達貞子。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 弓法 古文書。2つとも貞子の印。百人一首★天保六年乙未秋再版★東壁堂★永楽屋東四郎板(498)。左端の写真は「若菜・上の巻」末尾の拡大写真。岡白駒(岡田白駒)輯『春秋左氏伝ケイ』(全10巻5冊揃)柳原喜兵衛刊 江戸時代和本明治刷。
左上端の細長い落款は、「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」の漢詩文の印。先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 古絵図 宝永六巳 本源院殿 古文書。漢詩文の右の2つの印のうち、下は出雲藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)の印。林羅山(林道春)『神社考詳節』正保4年 安田十兵衛開板(京都寺町誓願寺前)江戸時代和本 伊勢神宮 神道資料。方子の上の印は方子の娘・幾千姫(玉映)の印。東麓破衲序『下学集』(全2巻1冊揃)寛永12年刊 江戸時代和本 室町時代中期に成立した国語辞書。右上の印は仙台藩医・木村寿禎の落款。弘道館記述義  古本。右端の写真上は仙台藩主(伊達家)正室一覧表の表紙。昭15「子爵由利公正」由利正通編 岩波書店 箱・元カバー付き。表紙の下は一覧の拡大写真(仙台市立博物館・刊行)


自筆の疎明資料等は、下記の通りです。f20080501〇万治絵入本 伊曽保物語 全3冊揃 稀書複製会 大正14年 刊記万治2(1659年) イソップ物語〇和本古書古文書。



(Ⅰ)・上の写真右端は、高松宮「源氏物語」のうち「桐壺」の巻冒頭・(出典資料 別冊「太陽」「源氏物語絵巻五十四帖」(平凡社・刊)78頁。山中峯太郎『日本振天記 並進の巻』昭和11年 警醒社刊 函付初版本 日露戦争を題材とした歴史小説。筆者は近衛関白政家公。和解図式 算法天元指南 全9巻全5冊揃 YAH163。中央の写真は、応永五年(1398)の年号。明治大学政治経済学部 1964(昭和39)年 卒業アルバム。年号の左の印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)。「むねわり」山田清作編輯 米山堂 1932.4 稀書複製會, 第7期第18回。左の写真は、桐壺の巻の奥付。『官幣大社 鹿島神宮宝物図鑑』明治14年 鹿島神宮刊 茨城県鹿嶋市の神社「鹿島神宮」所蔵名宝集 太刀 懸鏡 古鏡 狛犬など 神道資料。左大臣から関白に昇進した近衛基熙(もとひろ)公の花押。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 矢論 古文書。上下2段の花押のうち、上の印は。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)著 佐藤春夫訳『尖塔登攀記』限定1000部 昭和9年 白水社刊 函付初版本(元パラ付・アンカット未読品)。出雲・松江藩主・松平治郷の正室「方子(よりこ)の落款(印譜)、下の印は仙台藩医・木村寿禎の落款(印譜)


「自筆の画像断層(MRI)写真」


(出品した自筆の「断層画像写真」(若菜・下の巻)MRI 35―64B
自筆下二つの印は、出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)の落款



「天皇の曽祖父・大炊御門宗氏の系図」「額縁裏面表記ラベル」
「近衛基熙の肖像」「後西院天皇主賓の茶会の記録」


1番上の写真は、第103代後土御門天皇と曽祖父・大炊御門宗氏の系図(公家事典303頁)
2番目の写真は「額縁裏面」に表記されるラベル。【豪華本 激レア 初版】『廣重』内田實(著) 岩波書店 昭和5年 彩色刷木版画(数ページ) 歌川広重 内田実 東海道五十三次 浮世絵。2番目の写真は近衛基熙の肖像(陽明文庫・所蔵)
3番目の写真は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の天皇家・近衛家略系図
【天皇家・近衛家略系図の出典(淡交テキスト「茶会記」に親しむ・7)平成29年7月淡交社・刊行】
4番目の写真は、「日本史の茶道」千利休の孫・宗旦と近衛基熙の茶の湯の交流」120頁(淡交社刊)
5番目の写真は、近衛基熙が、御所で第111代・後西院天皇を主賓に茶会を開催した記録「公家茶道の研究」55頁(谷端昭夫・著)


「源氏物語」「若菜・下の巻」絵図、茶室関係資料

下記写真1番目は、「源氏物語屏風(若菜・下)」(源氏物語絵巻)

朱雀院(前朱雀天皇)の五十の賀を祝い女三の宮、紫の上、明石女御が演奏する「女楽」の有名な場面
上の女性三人のうち右から紫の上は和琴、明石の女御は箏、女三の宮の琴。★H539和本幕末期武士の記録「雑記」1冊/西洋の兵法/火薬の調合/大砲/鉄砲/英語/西洋科学/古書古文書/手書き/美濃◯藩。
手前の後ろ姿で琵琶を弾いているのが明石の君



上から2番目の写真は、「淡交」別冊(愛蔵版・№71 『源氏物語』特集)

上から3番目左右の写真は、茶会における大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」を茶道具として用いた茶室の事例




大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」近衛基熙・旧所蔵(断簡)を出品
商品説明(来歴)大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、第107代後陽成天皇の曾孫・近衛基熙の旧所蔵である。当方、先祖より代々受け継がれ曽祖父蔵保管 小笠原 出雲 神田橋  書状 古文書。近衛基熙は、「源氏物語」に造詣が深く、「源氏物語」の注釈書『一簣抄』(いっきしょう)を書いてある。『庭訓往来註』(全2巻2冊揃)江戸時代和本。出品した大炊御門宗氏・自筆「源氏物語」は、近衛基熙が研究のために収集し、のちに近衛家から出雲松江藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子(よりこ)に伝わり、方子の生家である仙台藩から同藩の藩医・木村寿禎に伝来していたものである。皇后陛下行啓記念誌/大正11年/埼玉県/皇后陛下瓊駕を官幣大社氷川神社(埼玉県さいたま市大宮区)に駐めさせ給ふ/大宮町略図/玉駕奉迎の光景。

漢詩文原本自筆上部に「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という。禿氏祐祥編『江戸時代初期 絵入本百種』(全2冊揃)限定270部 昭和2年刊 古典籍図録 仮名草子・古浄瑠璃本・唐本漢籍和刻本。これは、中国の皇帝が譲位した場合、高位の高官も職を致仕(退官)するという「白氏文集」の漢詩文に由来するものです。【書誌書目シリーズ37 近代読書論名著選集】全14巻 セット ゆまに書房 出口一雄 近代「読書論」名著選集 第二期全7巻は函付//。「若菜・下」では在位十八年の冷泉帝が譲位し、これにつれて太政大臣が致仕する。大黒天の研究。原文には、「かしこき帝の君も位を去りたまひぬるに、年ふかき身の冠(かふふり)を懸(か)けむ」と記されており、「白氏文集」の漢詩文からの引用である。0031717 康熙字典 全41冊揃 風月荘左衛門他・板 安永9年 箱付。紫式部は「若菜・下の巻」を書くに際し、漢詩を熟読したうえで原文を書いていることがわかります。3-#南部中尉名誉記念書書帖 木村仁太郎 1910年 明治43年 5月 8日 和本 和つづり 破れ・シミよごれ有 陸軍 伯爵 大日本帝國 日露戦争 勲績。また、原文中の上部に「篆書(てんしょ)体」の落款を入れたのは、仙台藩の藩主の正室・仙台藩主第五代藩主・伊達吉村の正室(冬姫)、通称伊達貞子か出雲・松江藩主・松平治郷の正室・方子(よりこ)と娘・幾千姫(玉映)のいずれかと推定されております。遊戯主人纂輯『訳解笑林広記』(全4冊揃)文政12年刊 渡辺霞亭旧蔵書 中国清代の笑い噺集 江戸時代和本 譯解笑林廣記 中国文学 漢文。

漢詩の落款の意味原本上部の漢詩の落款は、「讃」と称されるもので、古来、掛軸の書画に第三者がお褒めの言葉を書き込むもので元々は自筆でした。下御霊社御祭礼之図。貴族から始まり藩主、あるいは高名な茶人や僧侶が書かれて、それが茶会の「掛軸」に装丁されて披露されておりました。頼山陽『日本政記』(全十六巻十六冊揃)文久元年 河内屋吉兵衛他刊 江戸時代和本 日本史。 特に出雲・松江藩などの茶道の盛んな大名家の所蔵する自筆などに「讃」が付され、後に自筆に代わり、石刻による「漢詩」の篆書が「讃」として用いられました。諸御役御大名方警衛之略図。 「茶事」は、「ヨーロッパの晩餐会(ばんさんかい)」とも言われます。片島深淵子編 田尻種経翻刻『赤城義臣伝』(全5冊揃)大正5年刊 江戸時代和本復刻版 赤穂事件 赤穂義士 赤穂浪士 忠臣蔵資料。晩餐会では、「ワインを楽しむために行われる」ところも似ています。m327◆裁断要事録◆写本◆江戸 寛政 関所改方 入鉄砲出女 手負 囚人 死骸 首 道中奉行 扶持 川越 街道 往来@和本/古文書/古書。とりわけ、茶室に入って行うことは、床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)することです。絵図 (城郭図) 福岡県 筑後國 久留米城 歴史資料 帳仕立て(レターパックライト発送)。茶道では「掛け軸は最高のごちそう」といわれております。池田東籬亭編 中村有楽斎画『天保刻成京都順覧記』(2冊セット)江戸時代和本 幕末期の京都ガイドブック。とりわけ、漢詩の落款は、ただ、古典の漢詩を入れればいいという単純なものではなく、たとえば、「源氏物語」の場合、原本の中に込められている紫式部が考えた知識を読み解くことにあります。★輸送用外箱付き 帙付き 和綴本 大型本 『 景岳橋本左内遺墨帖 』 景岳会/編 史籍出版。「讃」の中に有名な白楽天の漢詩を単純に落款として入れたのではなく、紫式部が原本の中に白楽天の漢詩を読み込んでいることを知ったうえで漢詩を選んでおります。f240502010〇彩色木版画 広重 富士三十六景 東都目黒夕日か岡 東京都目黒区目黒 アダチ版画研究所 昭和50年〇和本古書古文書。 落款の「讃」の元になるその原文の個所には、
「懸其所仕之車置諸廟(其仕ふる所の車を懸(か)けて諸(これ)を廟(城門)に置く)」という漢詩文の落款が押捺されている。俳諧/史跡/「近畿俳蹟行脚集 上・中」/田中居庸著/昭和8・9年/御津之華社発行/2冊。この漢詩は「白氏文集」の漢詩に由来するものです。改正 衆方規矩備考大成 全十巻  千村真之(千村拙庵 )著。
つまり、原文の内容に関する漢詩の落款を押捺しているのは、茶会における床の間の「掛け軸」(かけじく)を拝見(はいけん)の際に、茶会を主催する亭主が、客に「最高のごちそう」を振る舞うために披露したものです。■『浮世オン・パレード』酒井潔著・兼編集装丁担当。談奇群書。昭和6年初版。竹醉書房刊。■比較的稀本の範疇。。茶会の際に落款に記された由来を知った客が広くそのことを社会に広めたために結果的に、多くの茶会に開催される「最高のごちそう」として原文に関係する漢詩の落款を付したものです。f240502035〇彩色木版画 広重 富士三十六景 上総鹿埜山 千葉県君津市 アダチ版画研究所 昭和50年〇和本古書古文書。「落款」の漢詩の由来を待合において説明する際に、長い時間を要し、茶会における貴重な時間であったと推定されております。小色紙 与謝野晶子。


自筆の希少価値について自筆の稀少価値は、和紙の生成技法の緻密さにあります。古文書 古書 立原翠軒「吉利支丹法服諸器物目録」 昭和3年 珍書大観 吉利支丹叢書 歴史資料 彰考館 水戸藩 (レターパックライト発送)。上の「拡大断層(MRI)写真」でわかる通り、極めて薄い和紙の上に墨の文字がくっきりと浮き上がるように「源氏物語」の文字が記されております。新版・満洲名勝風俗写真帖/大正3年/歩兵第五十八連隊兵営全景/遼陽領事館/柳樹屯の奇勝/大連全市の瞰望/海城公園/海賊の斬首/子供の売買。
出品している書の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞の半分ほどの大きさのフィルムです。武田鶯塘著 巌谷小波題句 岡野栄木版画『鶯塘集』昭和10年 南柯吟社出版部刊 俳句集。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。【金富士】値下げ中 貴重資料『宋瓷名品図録』南宋官窯 解説冊子付 大型本 学習研究社 箱入 検/学研中国古書陶磁古書和書。日本国内では医療用以外には見ることのできない書の「断層(MRI)写真」です。サナエ748 江戸期 古文書 明和九年略年代記 江戸大火の報告書 9ページ 墨筆 肉筆 本物保証 越前府中蔵うぶだし。
古切の書は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管  小笠原 古文書 書状。撮影後、展示のために再表装をしております。近江彦根藩領出流原村古文書●嘉永6年 御巡見ニ付 乍恐以書付奉申上候 4丁 藩主井伊直弼⑨ 下野国安蘇郡 現在の佐野市 231015。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆の書に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。渡辺玄対『南画山水画式』(全2冊揃)大正7年松山堂蔵版 江戸時代中期の山水画家が中国絵画(中国古画)を臨写した木版画譜 中国美術 和本。

断層(MRI)写真従来、日本の古美術の鑑定の際の分析・解析は、エックス線写真、赤外写真、顕微鏡が中心です。古文書 掛装「陸奥白川御城主鑑」肉筆 福島県白河市 歴代城主 太田行隆~松平基知 (資料 和本。一方、アメリカやイギリスでは研究が進み和紙の組成状況を精確に分析・解析をするために断層(MRI)写真が利用されており、今回の出品に際し、「断層(MRI)写真」を資料として出しました。☆E0013和本江戸文政13年(1830)序和歌女流文学「気布梨の数恵」全1冊/香習院阿実尼(多田千枝子)/古書古文書/木版摺り。本物を見分けるための欧米の進んだ分析・解析技術を見ることができます。j∞* 4冊まとめて 明治期 和本 尊攘紀事 一~四 著・岡千仭 明治15年 龍雲堂 古書/B34下。

寸法「源氏物語」自筆の大きさ タテ21.8センチ ヨコ12.8センチ。曲斎注『七部婆心録』(全6冊揃)万延元年跋 山城屋佐兵衛他刊 江戸時代和本 俳諧書 俳書。額縁の大きさは タテ37.0センチ ヨコ28.0センチです。1932年 情緒漫画 折本 大島 奥伊豆 南国の五日 田中才二郎 松岡由助 初版本 東京府 検索:風俗 花街 舞妓 温泉街 昭和爛漫 鳥瞰図 地図 花町。額縁は新品です。御物粘葉本 和漢朗詠集 上下釈文 帙入。

「源氏物語」の自筆について1・筆跡の分析について
 国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵にて保管 小笠原  古文書 書状 歴史的逸品。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。『外務省蔵版 日本独逸條約書 全』明治2年刊 明治時代和本 日本-ドイツ外交史料。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。★★蒔絵箱入り 小倉百人一首 百人の和歌 飛鳥時代~鎌倉時代の歌人★★。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。f240502030〇彩色木版画 広重 富士三十六景 甲斐御坂越 山梨県富士河口湖町 アダチ版画研究所 昭和50年〇和本古書古文書。

2・大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)の自筆の特定について
自筆の筆者は、書体、書風から京都の公卿によって書かれたものであるはわかっていたが、昭和38年以来、筆者名は特定されていなかった。室鳩巣著 国枝松宇補『重訂赤穂義人録補正』(全2冊揃)明治5年静観堂伊六 明治時代和本 赤穂事件 赤穂義士 赤穂浪士 忠臣蔵資料。その後、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析と並行し、奥書の「宗」の字の下の文字が判読できずにいた。『読切講釈伊賀越乗掛合羽』安永6年鱗形屋孫兵衛他刊 江戸時代和本 浄瑠璃正本(丸本)七行本。それが、技術の進歩により「宗」の下の文字が「氏」と判読された結果、南北朝時代から室町時代前期の公卿であった「大炊御門宗氏(おおいのみかど むねうじ)」であることが判明した。丹頂齋一聲撰點印入俳諧巻 文化文政頃刋寫。
「源氏物語」には、応永五年(1398)~応永十三年(1406)までの複数の年号の記載があることから、大炊御門宗氏が23歳から31歳までの間に書かれたものと推定されている。【模写】 西郷隆盛 三雲屋満木宛書状 文中に都城とあり 封筒付 吉之助 西南戦争。宗氏は、正二位・内大臣まで昇進したのち、応永28年(1421)47歳で没している。新聞「日本心霊」昭和六年八月十日 第四百七十九号 日本心霊社/オカルト 心霊現象 超常現象【24-0222-4】。

3・自筆「源氏物語」の旧・所蔵者の特定の経緯について
近衛基熙の旧・所蔵の特定は、「花押」の写真照合技術によるものです。源氏の君・東の院に住む空蝉(うつせみ)の君としみじみと語り合う「源氏物語」初音の巻の原本・大炊御門宗氏・自筆・12B。アメリカのコンピューターを用い、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析を、花押の照合に応用し、指紋の照合方法と同じ手法により99.9パーセントの確率で特定に至ったものです。『曽我物語』(全12巻12冊揃)貞享4年 松會新板 江戸時代和本 絵入本 鎌倉時代の軍記物語 曾我物語。

4・近衛基熙(このえもとひろ)について
近衛基熙は、慶安元年(1648年)3月6日、近衛尚嗣(関白・左大臣)の長男として誕生。@1929年 王陽明傳習録 掃葉山房 漢文 古籍 検索: 唐本 漢籍 支那 玉扣 善本 線装 木版刷 木刻本 筒子頁 殿本 套印 宣紙 白棉紙 清朝 内府。母は後水尾天皇皇女女二宮。当方、先祖代々受け継がれ曽祖父蔵保管 夫弓者表天地 古文書。実母は近衛家女房(瑤林院)。舎利講式 鎌倉時代写 紙本墨書 約29.5×560cm 1巻 仏教 真言 古文書。幼名は多治丸。畊香館画謄・紅之部・雪之部・2冊/瀧和亭・大岡雲峰と鉄翁祖門に学ぶ・花鳥画を得意とし宮内省と外務省の絵画御用を務め帝室技芸員となった。父、尚嗣が早世し、尚嗣と正室女二宮の間には男子がなかったため、後水尾上皇の命により、近衛家の外にあった基熙が迎えられて上皇の保護下で育てられた。昭和12年 法隆寺の建築 1937年 図版 写真 検索:聖徳宗 総本山 五重塔 大宝蔵院 釈迦如来 木造建築群 伽藍 金堂 中門 白黒 壁画 絹本絵 佛像。承応3年(1654年)12月に元服して正五位下に叙せられ、左近衛権少将となる。絵図面古文書●宝永2年(1705) 城郭図 縄張り 240504。以後、摂関家の当主として累進し、翌年明暦元年(1655年)従三位に上り公卿に列せられる。『頭書絵入 小野篁歌字尽』森屋治兵衛刊 江戸時代和本 往来物。明暦2年(1656年)に権中納言、万治元年(1658年)に権大納言となり、寛文4年(1664年)11月23日には後水尾上皇の皇女常子内親王を正室に賜った。仏教語大辞典 上下+別館・索引 3冊 中村元 著 出版社 東京書籍株式会社 昭和五十年第一版発行 古書 古文書 和書 古本 骨董 古美術。寛文5年(1665年)6月、18歳で内大臣に任じられ、寛文11年(1671年)には右大臣、さらに延宝5年(1677年)に左大臣へ進み、長い時を経て元禄3年(1690年)1月に関白に昇進した。■『滑稽發句屋奈幾樽/川柳猫鯰』時雨庵蛙水編纂。舊邦堂陳人校正。伊澤駒吉編輯發行。明治22年大阪南區長堀橋筋・前野茂久次初刷。。近衛基熙は、寛文5年(1665年)から晩年まで『基熈公記』で知られる日記を書いている

HP近衛基熙・旧所蔵「源氏物語」自筆を出品いたしました。【貴重 入手困難 激ヤバ 激レア 謎めいた逸品 年代不明】『雲上道真公』(天神様)本体サイズ:縦約154cm、横約40cm 桐箱入り 軸。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ「源氏物語の世界」をご覧ください。『雄躍すべき大正乙卯の米界』藤井商店米穀部編纂 大正四年(1915) 第一次世界大戦 米騒動 藤井忠兵衛商店【24-0412-8】。

ツイッター「源氏物語の世界」も合わせてご覧ください。竹須喜久止編 徳富蘇峰直筆揮毫『洗足池帖 徳富蘇峰詩碑実拓帖』昭和12年頃成立か 勝海舟/西郷隆盛顕彰碑の実物拓本帖。


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